対テロ10年、世界激変 ― 日米同盟、深化なくして発展なし

 

 日本では、毎月十一日を迎えると、あの三月十一日に東北を襲った東日本大震災の記念日を思い出す。この九月十一日は震災からちょうど半年ということで、いろいろな記念行事が各地で催された。これが米国となると、同じ十一日でも次元が違うようで、九月十一日は十年前、米国を突如襲った「同時テロ」の記念日ということで、全米が新たな感慨に浸った。この同時多発テロは米国のみならず世界を震撼(しんかん)させたが、それだけでなく、以後の米国を全く違った国に変えてしまった。

 

 あの事件以来十年、米国はすっかり別人のように変わってしまった。それは「果てしない永遠のような十年だった」と副大統領のバイデン氏が言うように、戦争と不況に見舞われ、世界史の歯車がいびつに大回転した例としてこんな十年はなかったと言うほかない。事件そのものはテロであったが、それをきっかけに世界は国際動乱に拡大し、米国自身もその渦に巻き込まれてしまった。そして覇権国米国が二十世紀を制した世界戦略はこの動乱の処理に手間取っている間にことごとく破綻してしまったのである。

 

 二十世紀の米国には果てしない夢があった。多年にわたるソ連帝国との戦いを勝ち抜いて、米国式民主主義が世界に覇を唱えたのである。米国にとってこの世に不可能なことは何もないと米国人は信じてしまった。そして、経済の面でも米国式資本主義が商業から金融まで世界中に行き渡り、ドルが世界通貨として世界のあらゆる場所で通用した。米国人自身がこういう状態が永遠に続くものと信じたのである。米国は高をくくって世界に米国式民主主義を強要でやったのではない。

 

 この米国式生活の押し付けが米国人以外の人々にも役になり、ためになると米国人自身が信じていたからである。それは宗教の面にまで及んだ。米国人自身はキリスト教信者が多い。しかし、世界は広い。キリスト教の他にもユダヤ教、イスラム教、仏教など数多くの宗教があって、それぞれ独特の生活と文化を担っている。宗派が違うために、紛争を起こしたり、いがみ合ったりするケースも絶えないのである。そして、世界の支配者になった米国は、真っ先にこうした宗教の違いからくるいがみ合いにもっと真剣に見つめ合うべきであったのだが、見間違えたり、見当違いであったりしたため、多くの人の失望を買い、極端な場合、敵に回す羽目にも陥った。ここ十年の米国は、善意が通らぬままいたずらに敵をつくってしまうことの連続であった。

 

 九一一同時多発テロはまさに米国が一国集中の繁栄を独占しようとしたその間隙(かんげき)を縫って起こったのである。米国は怒った。あれだけ世界のためによかれと気配りをしてきたのに、それをこんな形でお返しするとは。しかし、米国人は黙っていなかった。事件の首謀者は誰か。必ず突き止めてみせる。米国は際限のない対テロ戦争に果敢に足を踏み入れたのである。事件発生から丸十年。この間に米国が繰り広げた対テロ戦争によって、米国は巨額の財政赤字と経済の低迷という危機に直面した。その危機は今も続いている。

 

 この間、米国の事件の首謀者追及の手は世界中に張りめぐらされ、ようやく国際テロ組織アルカイダをかばっていたアフガニスタンのタリバン政権を倒し、テロの首謀者とみなされたアルカイダ最高指導者ウサマビンラーディン容疑者を見つけ殺害した。

 

 報復は成功したかに見えた。だが、実は米国がアルカイダに仕掛けた対テロ戦争は逆に米国にも大きなダメージを与えた。アフガニスタンやイラクに米国が派遣した米軍は延べ二百万人に及んだが、アルカイダの同調者による抵抗がいたるところで起こり、米軍の死者は十年間で約六千二百人に及んでいる。人身の被害だけではない。米財政への影響も無視できなかった。アフガンとイラクに投じられた予算は一兆二千八百三十億ドル(約百兆円)に及んだ。退役軍人に支払う医療費、遺族年金、戦費借入金の金利などを含めると対テロ戦争関係支出は四兆ドル(約三百兆円)に膨らんだ。

 

 それだけではない。国際社会に占める米国のステータスも大いに傷ついた。米国が同じ価値観を共有するとして頼りにしていた欧州諸国との間にも亀裂を招いたからである。欧州には、イラク戦争は本当に必要だったのかという疑念が付きまとっていた。

 

 欧州内で一定の勢力を保持しているイスラム社会の反米感情も膨れ上がった。オバマ米国大統領がわざわざ九一一追悼演説で「米国はイスラムと戦争をしているのではない」と強調したのも、そのためである。こうして米国は徐々に「戦争の十年」から「平和の未来」へと進路を切り替えつつあるといえよう。つまり、対テロ戦争に明け暮れた過去十年を未来指向に切り替えようというものだ。戦争と不況。考えてみれば、この十年間、この二つが世界史の歯車を回してきた。

 

 いまこそそこからの転回が望まれている。米国はテロの最大級の被害者であった。と同時に、世界に敵か味方かの選択を迫る圧政者の色も濃くしていた。しかし、世界はそのどちらも望まなかった。そして、リーマンショック後の金融危機で先進国は一気に外交への関心を失ってしまった。砂漠に造られた西欧の古城は色あせて傾きかけ、荒れ地であった中東ではようやく民衆革命の花が咲き始めた。それが米欧とは無縁の花であることに西欧はいら立ちを隠せないようだ。

 

 米同時多発テロ事件から丸十年。この間、世界の各地でさまざまのテロ戦争があった。そして一番際立った変化は、永い間独裁権力をほしいままにしてきた権力者の没落であった。同時に目立ったのは、米国の苦境である。米国は巨額の財政赤字と経済の低迷という「国家的危機」(オバマ大統領)に直面して、そこからの脱却に四苦八苦している。

 

 この米国の現状をオバマ大統領は「過酷な戦争の十年の後、国家再建の時が来た」「希望の未来に目を向けよう」と国民に呼び掛けた。いずれも、同時テロ事件から十年の節目に行った演説の一部である。だが、米国民のオバマ氏を見る目は厳しい。オバマ氏のテロ対策への支持率は62%と高いのに、経済、雇用、財政赤字削減などは36%と低迷。全体では史上最悪の43%しかなかった。オバマ氏は景気と雇用対策に最重点を置き、四千四百七十億ドルの対策費計上を発表したが、これで共和党へ向かう票を取り戻せるかは疑問である。ただし、財源確保の手法についてはまだ不透明な部分が多く、共和党は警戒心を拭い切れないでいる。

 

 このように、米国は今、苦境にある。テロを仕掛けたウサマビンラーディンは殺害したが、世界の反対を押し切って始めたイラク戦争はことごとく裏目に出た。長い間、米国はその強力な軍事力と経済力によって「一極集中の国」または「民主主義の帝国」と呼ばれてきた。今はどうか。いまや米国を一極支配の国という者はいない。それどころか、虚勢を張って軍備増強を続けてきたツケが回って経済危機を招いてしまった。

 

 そうした国とわが国はいま緊密な同盟関係を結んでいる。そして、イラク関係ではインド洋に自衛艦を派遣し、イラク戦争を支持した。しかし、沖縄の普天間問題は膠着(こうちゃく)状態で、解決のめどは全然ついていない。そんな中で中国が台頭してきた。普天間問題を見透かすように、中国はわが国固有の領土である尖閣諸島にも手を出してきた。このままでは、南シナ海は中国の領土になってしまう。すべからくわが国は日米同盟を見直すべきである。この同盟の深化なくして日本の発展もあり得ないからだ。

 

(伊勢新聞社東京支社嘱託河本 弘)